イトーさん

イトーさんは優しい。

イトーさんは長く勤めた会社を定年退職して、再雇用されて私の会社で働くようになった。

私のお父さんの2個上だから、存在感がお父さんに似ている。私のお父さん、というより世間で言うお父さんって感じ。いつも8:30に来て、定時の10分後、18:10くらいに身支度して荷物をまとめて帰っていく。

イトーさんは時々会社の人に疎ましがられたりするけれど、私は優しいと思うし、ご近所さんから頂いたお菓子を会社に持ってきて皆に分けてくれたりする。

イトーさんはあまり怒らない。私の会社の色にあまり染まりきってなくて、イライラして人に当たったり、機嫌悪く接する人ではないから、一緒に仕事をするのが楽ちんだと思う。変に競ったり、勝とうとしない。イトーさんは週3日だけ働く。イトーさんがいない時に怒られるのはちょっとつらい。イトーさんがいたら、「怒られてしまいましたね」みたいな感じでちょっと困った感じで見ているから、ちょっと気持ちが楽になる。

イトーさんはこの前、家族で伊豆に旅行に行ってきます、と言って帰っていった。働いて企業人生を全うして、週の半分ちょこっと働いて、自由に旅行に行ったり食事に行ったりしているイトーさんは優雅でいいなあ、と思った。時々仕事中に「本屋さんに行ってきます」と行って出掛けて、2時間弱くらい戻ってこないところもいいな、と思った。

あっという間に2年目

あっという間に社会人になってから二年目を迎えてしまいました。

このブログを書いていたのは大学院生の頃でしたので、それから社会人になり、社会人としての1年目を過ごし、今は2年目を迎えて5ヶ月余が過ぎようとしているところです。

餃子が有名な縁もゆかりもない県に配属が決まり、2年目もこちらで過ごしています。1年目は上司や先輩の仲も不安定で、そもそも少人数の支店でしたのでなかなか聞きたい時に聞くこともできず、慌ただしく過ごして上司が退職しておわり。 二年目は新しい上司が来て、支店メンバーも増えて、新人が入って、でも新人は先月末で辞めてしまって、という状況。

 

会社自体、大嫌いというわけではないけれど、人を扱う責任の重さと会社全体の年齢層が若めであること、そして普段みんな余裕がない状態で仕事をしているのでイライラしたり、人に当たったりという雰囲気があることがほぼ当たり前であることが辛い。イライラしているのはあなたの仕事関係のことであって、私が直接イライラさせたわけではない、でも私の方が立場が下だからという理由で当たられる不条理。

 

もう少しのびのびできるところで働けたらいいのにね、皆ね、と思う。

 

2ヶ月くらい前、ハワイに行った。初めてで、パスポートが学生の頃のままだったから、10年用のものを更新して。日本より、日差しが強いと聞いたからSPF50の日焼け止めを買って。観光用にまっぷるを買って。

 

ハワイのなんと、素晴らしいことでしょう。天国にいるみたいに青空が広がって、暑いけれどカラッと晴れていて、海風があって、日本とは違う海の色があって、人々が笑顔でのびのびとしている。日本の税関は、厳しい顔をして迎え入れるのに、ハワイは老若男女にこにことしていて、「よい旅をしてね!」と話しかけてくれる。ハワイに恋した3泊5日間でした。

 

帰国してからもハワイ熱が冷めやらず、よしもとばななさんの「ゆめみるハワイ」と「まぼろしハワイ」を購入して読み、まだハワイに恋している。その中でも、「いじわるタオル」という話を読み、私の会社もこんな感じじゃない?!と思ってびっくり。

「人間って疲れていると『意地悪したら楽しいだろうな』って思う生き物なんだな」、というところに共感したのです。

気づかないふり、わからないふり、聞いてたけれど忘れたふり。事情をきちんと把握したうえではなく、自分の推測だけで判断して相手を怒ったり、文句を言ったり。直接電話で伝えたらいい内容のことを、わざわざ長文のメールを打って知らしめようとしたり。顔もきちんと知らなくて、臆すれば一度も社内で会ったことがない人に対して、推測だけで電話やメールで怒れることはどうして?と。

 

社会人になって、なんやかんや研修があって、でも慌ただしい1年間を過ごして私が最初に学んだのは「愛嬌力」でした。別に上司に媚を売れ、というわけではなく、きちんと「ありがとうとごめんなさいの言葉が言えること」と考えている。だから、他人の言葉に対して、第一声で怒るのではなくて、疑問に思うことがあっても、自分の思い違いとか誤解もあるかもしれないから、「あの時はすみません」とか「ごめんなさい」とか「すごく助かりました、ありがとうございました」とか自分から言えるといいんじゃないかな、と思っている。

 

でも、一人で暮らし続けて会社に通い続けることはやっぱり辛い日もあって、彼氏と一緒に住みたい。一緒にごはんが食べて、ハワイに遊びに行きたいと思うこともあり。

 

 

 

 

 

 

 

17:09

私は今23歳で、明日24歳を迎える。そんなに感慨深いわけではないけど、いざ24歳を迎えるとなると23歳のうちにやり残していることがあるんじゃないか、と思って落ち着かなくなる。実際今やり残しているのは授業の課題レポートと修論の手直しだけなんだけど。本当はバレンタインに生まれる予定だったのに遅れて18日が誕生日になったこと、毎年すごく自分らしいと思う。

 

今年のバレンタインは去年と同じく、私の家でのんびりごはんを食べることになった。ビーフシチューやしめじと蛸とエビのアヒージョ、生ハム、クリームチーズを食べるなどした。あとビールをたくさん飲んで、冷えていい感じに固まったチョコタルトを切って、ジンを飲みながらいろいろなものをつまんだ。

 

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今更だけど、この研究室はやっぱり自分に合わなかったんだなー、と思うことが多くて、でも卒業前にちゃんとそれがわかってよかったと思った。完全に行かなくなったら負けだ、と思って、セミナーや発表や修士論文など諸々のことを投げ出さなくてよかった。

 

ということを自覚した出来事の一つが、先日のバレンタインでして。

女性陣から受け取ったチョコレートを先輩が即PCでググって値段を確認した後、その分の金額を他の男子に渡す(ホワイトデー用にそのお金でお返しを買って来てとのこと)現場を目の当たりにしてしまい、(((せめて女の子の前ではヤメテ。。。)))と思ってしまったのでした。

 

何が自分の常識か、というのは他人目線からだと尚更難しいね。

その先輩は、バレンタイン当日に先生にチョコを渡せなかった女の子のことすごく怒っていて。(私の研究室の先生は、いつも帰るのが早い)

でも、もらったものの金額を確認することは先輩の中でオッケーなんだ、と思ったら、何が間違ってて何が正しくて、ショックを受けてる私はどうして?と考え始めて自分の気持ちさえまとまらなくなった。

 

私の人生には、居たたまれないみたいな場面に遭遇したり、居たたまれない気持ちに襲われてその場を去ってしまう、みたいなことが起こりがちだと思う。

合わない、ということがわかってよかったけれど、その組織や集団に属するということは知らず知らずのうちに自分も染まっている部分があるのでは...と思うと怖い。

バカだ、とか使えない、とか思われてもバカにされても、私はできるだけ周りの人にショックな感情を与えないでいたいし、嬉しいとか辛いとかショックだとかいう自分のいろんな気持ちをなあなあにしないで大切にしたいと思った。

23:01

12月から1月の間、発表だ論文提出だと駆け抜けてやっと一息ついたら、既に2月になっていた。

発表と修論提出が済んだら気が抜けたのか、初めて胃腸炎のようなものになって、深夜から明け方まで嘔吐が止まらなくて、熱がぐんぐん上がって久しぶりに39℃を体験した。

発表、修論、胃腸炎をフルコースに体験して「死ぬかと思ったー!でも生きててよかったー!」と何度も思った。死ぬかと思ったけど生きててよかった。

研究室のゼミ担当も今週で最後。だんだん4月からの新生活が近づくにつれて、今の生活の中での「最後」を意識することが多くなった。

6年間過ごしたこの部屋も家も、もうすぐお別れする。(寂しいより、この部屋のこの量の荷物をまとめなきゃいけないと思うと恐ろしい...)

 

12月は恐ろしいほどたくさん喧嘩したけれど、最近は恋人との仲も安定してる気がする。昨日は久しぶりに家ごはんをしようということになって、初めてエビのアヒージョを作った。結構おいしく作れて、ずっと家で眠ってたオリーブオイルもこうして使われると浮かばれることよなあ、と思った。パスタ作るときもあまりオリーブオイル使わないから、使い道が見つかってよかった。ね、もこみち!

 

ゼミ発表に向けて、論文のabstractだけでも読んで寝ることにする。

あとビール冷やしてあるから、お風呂から出たら飲む。それから寝る。

 

 

14:09

私の恋人は私の二個上で、とはいえ浪人してるから学年は同じなんだけど、聴いてた音楽とかアーティストの違いで「そういえばこの人は年上なんだ」と自覚することが多い。

この頃はクリスマスもあったからなおさら街が音楽で溢れてる気がして、ふとした時に恋人に対してそんなことを感じることが多かった。

 

年を取ったこともあるのかもしれないけど、最近は二人で懐かしい音楽ばかり聴いてた。それも中学生とか高校生の時に聴いてたものではなくて、小学生とか音楽の世界に触れ始めたばかりの頃の、聴いてもあまり歌詞の意味が理解できてなかった曲。エブリリトルシングとか大塚愛ちゃんはちょっと違うんだ。スピードとモー娘。もちょっと違う。

ちょっと昔は大塚愛ちゃん、Hysteric Blueジュディマリとか聴くと「ンー、かわいい!」って思っていたけど、最近は安室ちゃんとか華原ともちゃんとかとってもかわいいと思う。安室ちゃん全然変わらないよね!かわいい!すき!

華原朋美ちゃんはどちらかというと学校の細くてとってもカワイイ先輩、みたいなイメージがある。細くて女の子らしくて、いつも恋してて見てると守ってあげたい!みたいな。

 

小学生のときはおかあさんの価値観とか評価が絶対みたいなところがあって。(おかあさんはそんな気はなかったかもしれないけれど。)安室ちゃんかわいい、とか椎名林檎さんの曲聴きたい、とか言えない雰囲気があった。

どちらかというと、aikoやエブリリトルシングを聴いてほしい、って思われてた。

だから大人になってからグレイとかL'Arc-en-Cielもすっごくカッコイイ!って知った。

 

youtubeとかPCを通じていろんな歌を時代も国も超えて聴くことができて、今、バラバラだった昔の頃の思い出とかかけらが手元に戻ってきて、また戻ってくる過程で新しい部分も生まれて、すごく不思議な気分になる。

30歳くらいになったら、今度は高校生の時に聴いてた音楽をたくさん聴くようになるんだろうか。

02:27

恋人と喧嘩してる。
本当は喧嘩って次の日に持ち越したくないんだけど。
酔ってる相手の言葉に対して売り言葉に買い言葉してしまったと反省してる。けど、付き合いが長くなるほど、昔の方がこんな時にもっと優しくしてくれた、って感じてさみしくなるのは何でだろう。
どんどん贅沢に、強欲になっていく気がする。
背中をこちらに向けて寝てるのが寂しくて、せめて明日はいい気持ちで起きられるようにお味噌汁を作った。恋人が食べてくれますように。

金曜日15:00

発表用の資料をIllustratorで作る。

だんだん煮詰まってきて、コーヒーを飲みがてら外に出た。缶コーヒーとカイロを買って日の当たるソファで飲んでいる。
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女の子が苦手になったのはいつからだろうと思う。
苦手といっても個人的に付き合うのは別に苦ではない。ただ女の子特有の、特定の誰かといつも一緒にいる、グループを作る、という行為が苦手なんだと思う。
だから私は誰にも属さない、誰かの一番仲の良い女の子になることはない。
振り返ってみると、そうなった原因というか、そのように考えるようになったきっかけや心あたりはあって。
遡るとそれは、小学校一年生のときに、名前に「さ」の字が入ってる人たちだけ参加できる交換日記というものがあって(私には'さ'の字がなかったから入れなかった)子供心にそんなルールを不思議に感じた思い出も影響してるのではないかと思う。
 
あと思い出せるのは、幼稚園の時の思い出。私は今でもチビだけど、幼稚園の時もクラスで一番チビだった。
そういう立場だと女の子達の中でも妹的な立ち位置になるんだけど。
それはさておき、女の子達でかくれんぼすることになった。鬼はわたしで、20数えるルール。そこで一人の女の子が、「moiiiちゃんはちっちゃいから20のところ10数えるだけでいいルールにしてあげよう」とかおもむろに言い出したわけです。
そして一同えっ...となった時、リーダー格の女の子が「そんなのズルじゃん。20数えるべきでしょ」と言い放ち、なぜかグループが「10でいい派」と「20数えるべき派」に二分。
4歳にして「私のために争うのはやめて...」というドラマチック体験。
今だったらくだらねえワハハと笑えるところだけど、当時は困りに困って、「ごめんね。私20数えるようにするね。」と次の日に謝り回った。当時のいじらしい自分に涙ちょちょぎれそうになりますね。
 
こんな思い出もあって、大人になった今は皆と仲良くしなくちゃいけない世界を抜けて、仲良くしたい人と仲良くできるから幸せである。決して無理せず、けれどいい加減ではなくて、自分らしく人と付き合っていければいいと思う。